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教育委員からのメッセージ

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更新日: 2020年12月14日
平田史郎教育委員、平田信江教育委員、島田由紀子教育委員、大高究教育委員、山元幸惠教育委員

知的好奇心とクリティカルシンキング(令和2年12月) 教育委員 平田史郎

 前回の教育委員メッセージでもお話ししましたが、私は市川で生まれ市川で育ちました。
 そして市川の街が大好きな私ですから、この街で暮らす子供達が元気で健やかに成長するためのお手伝いができることを、私自身たいへんな光栄と感じ、微力ながら精進したいと考えています。

 さて、ここからは市川の子供達へのメッセージです。
 皆さんもご承知の通り、現在新型コロナウィルスの流行で世界中が大混乱しています。
 このような混乱の中で、私達はとかく情緒的な判断に基づく行動をとりがちですが、こんな時こそ冷静で論理的・科学的な思考とそれに基づく判断と態度が必要になるのです。
 現在学校で学んでいる皆さんは、そんな事当たり前のことだと思われるかもしれませんが、時としてこの当たり前の判断すらできなくなってしまうのが私たち人間なのです。
 例えば、皆さんが視ているテレビには相変わらず心霊現象や超能力、また怪しい占いなどの番組が流れていますが、実際に皆さんもこれらの非科学的な情報を半分信じて怖がったり驚いたりしてはいないでしょうか。
 これらの心霊現象や超常現象の存在についても反証可能性はゼロではないので、これを全否定することもまた科学的な態度とは言えませんが、しかしこれらの現象は現在のところ科学では証明されていませんから、取り敢えず今は信じるに足らずと判断した上で、ではその現象の起きる本当の理由は何か?を考えるというのが科学的な態度なのです。

 しかし、私達の心は実はそれほど強くはありませんから、テレビという権威あるいは博士や専門家という肩書を背景にした情報に対しては、私達が本来持つべき合理的・科学的判断力が鈍ってしまうこともよくある事なのです。
 特に昨今のようなコロナ禍の混乱した状況の中で私達の心は安定を失い、誤った情報や意図的に操作された情報に対する判断力を失いがちになるかも知れません。

 そこでこんな時にこそ皆さんに必要なのが、本当の理由を知りたいと願う「知的好奇心」とクリティカルシンキングと呼ばれる思考法です。
 クリティカルシンキングとは批判的思考とも訳されるように、物事を主観や感情に流されず批判的・客観的に観察し、自分の確信に対しても「間違っているかも知れない」という批判的視点を持って見直すという思考方法ですから、是非皆さんもこのような態度で物事を考え、世界の真実を知ろうと努力してください。
 かのアイザック・ニュートンは「私は海辺で綺麗な貝殻を見つけるのに夢中になっている子供のような存在である。真理の大海は、すべてが未知のまま、目の前に広がっているというのに・・」と語ったといいますが、私達もこのような無限の「知」に対する限りなき好奇心と、自分の知識に対する謙虚さを持っていたいものですね。

 
 

息子の一言(令和2年12月) 教育委員 平田信江

 「幼児の頃の教育って大事だね...」ある日、高校1年生の次男がボソッと言った一言だ。私はハッとした。何故ならば、二十歳の長男もずいぶん前に同じ言葉を私に言ったからだ。そして、その後に続く言葉も同じ内容だったのだから本当に驚いた。「あの幼稚園で良かったよ、あの幼稚園に行ってなかったら、今の自分は無かったと思う。」と言うのだ。それはどうしてそう思うのか尋ねると、日々の園生活が自由であった事や、やりたい事を自分で選んで行動出来た事などをあげた。

 息子たちが過ごした幼稚園は、私が一目惚れした幼稚園だった。何しろ園児たちが目をキラキラさせてイキイキと生活している。まさに子どもが主役で、大人が名脇役のステージだ。私は卒園前に園長先生に、親として大人として名脇役の心得を教えていただいた事に、とても感謝している気持ちを伝えた事がある。その言葉の中に、とても失礼な内容があった事を後悔している。それは、「息子たちは、どこの幼稚園でもそれなりに成長したかもしれないけれど、私はとにかく学ぶことが多かった。」などと、偉そうな事を言ってしまっていたのだ。まだまだ手のかかる3人の息子の子育てに奮闘中であった私は、自分の学びの成長は意識できても、息子たちの、決して表立って見える事の無い人としての土台を作っていただいた事に、恥ずかしながら、その時はまだ気付いていなかったのだ。

 息子3人が通算約10年間お世話になり、そして、三男が卒園してから約8年。「幼児の頃の教育って大事だね...」の言葉に、あらためてお世話になった幼稚園の先生方に対して感謝の気持ちでいっぱいになった。
 それにしても、息子たちの幼い頃の記憶の中に「自ら選び行動出来る喜び」「自主的に生活する喜び」が感覚として刻まれているという事実は、とても興味深い事である。やはり、幼児の頃の教育は大事であり、その環境を整えるのは大人の役割りであると思う。

   
 

学校で絵を描くこと(令和2年12月) 教育委員 島田由紀子

 普段は大学で小学校や幼稚園、保育所の先生をめざす学生を対象に、絵や工作の授業を担当しているのですが、「どうしたら上手く絵が描けるようになりますか?」と絵に苦手意識を持つ学生に尋ねられることがあります。同じような質問は、幼稚園や小学校の先生からも尋ねられることがあります。「上手く描けるように=本物そっくりに描く」、ということを指しているのだと思いますが、上手く描けるようになるには練習するしかありません。本物そっくりに描くことを目標にするならば、身近なものを描くことから始めてもよいと思いますし(シンプルで硬い質感のものが描いやすいと思います)、上手に描くためのメソッドやワークブックなど様々な方法が書籍やネットで紹介されている物を活用する方法もあるかと思います。

 一方で、スマートフォンやデジタルカメラの普及で写真が身近になり、パソコンを使って画像を絵のように加工することが容易になると、本物そっくりに描くことの意味がどこにあるのか疑問に思うこともあります。絵を描く目的が、本物そっくりに描くことであるならば、本物そっくりに描く技術を身につけていくとよいと思いますが、自分の思いや考えを自分の言葉や文章で表現することができるように、自分の表現したいことにふさわしい色や形を選んだり組み合せたりする表現の楽しさや面白さを感じられるようになると、本物そっくりに描くことだけにこだわらなくなるように思います。

 学校や幼稚園では先生が描く方法を示してくれますが、先生とのやりとりがある中で、自分の絵(表現)や描く方法(表現方法)を模索していくことになります。また、友達の絵や描く様子から自分とは異なる表現や描き方を知ることもあります。上手に描くことはひとりでもできますが、自分の表現を見つけるには導いてくれる先生と友達の存在がとても大切です。

 自分の表現を見つけられるようになると、絵を描くことが楽しくなり描かなくても好きな色や形を意識するようになって生活も変化していきます。普段目にするモノの色や形、素材の持つ質感にも興味が広がり、たとえば持ち物や洋服の組み合せを考えることが楽しくなります。学校で先生や友達と絵を描くことを通して自分の表現を見出すことは、日々の生活を豊かにすることにつながっていきます。

 
 

市川の散歩道(令和2年12月) 教育委員 大高究

 ゛歴史と文化の街”市川にはそれに加えて豊かな自然がある。大都市東京に隣接していながら、江戸川を渡って市川にはいると空気感が一変する。長く住んでいるとついそのありがたさを忘れがちだが、市川の環境の良さは言い尽くせない。そんな市川の歴史、文化、自然を満喫できる小生お気に入りの散歩道を紹介したい。散歩と言うには距離が長く一日がかりのコースではあるが、部分的には幼稚園生の頃から慣れ親しんだ道である。

 JR(昔は商線)市川駅を出発。国道14号を西に進み市川橋で江戸川土手に上がる。上流に顔を向けると素晴らしい眺望が広がる。この景色は何十年と変わっていない。比較的新しい和洋女子大学のランドマーク的な校舎も違和感なく周囲と調和していると思う。国府台方面に向かい、川面を眺めながら快適な土手歩きを楽しんで「里見公園」に上がる。それぞれの拠点の詳細はいまさら小生が説明する必要もないであろう。公園内を散策し、桜並木をくぐり抜けバス通りに出る。国府台病院を正面に見て少し松戸方面に進み右に折れる。「じゅんさい池緑地」に立ち寄り「下総国分寺」を目指す。下り登りで多少疲労感が出てくるところである。国分寺では、隠れ名所(?)の「水琴窟」の水滴音に耳を傾けたい。次に訪れるのは「真間山弘法寺」。再び下り登り。「しだれ大桜」がこれからも見事な花を咲かせ続けてくれることを願っている。「仁王門」を抜け、学生の頃トレーニングで駆け登った石段を下り「手児奈霊神堂」(我々には「手児奈さん」で親しまれている)へ。手児奈伝説を思い浮かべたり、池で亀の姿を探したり。そしていよいよ終盤。「真間の継ぎ橋」を渡り「大門通り」を南下。この通りのお店や建物には昔と今とが混在しており、眺め歩いて飽きることがない。国道14号に出るとゴールの市川駅はすぐそこである。

 多くの文化財や歌人の足跡をたどり、四季折々の美しい自然を目のあたりにできる素晴らしい市川の散歩道、コロナ禍が収束し、再び大手を振って闊歩できる日を待ち望んでいる。

 

これまでのメッセージはこちらからご覧ください(別ページへ移動)
 

 

学校教育におけるICTの活用について(令和2年12月) 教育委員 山元幸惠

 11月16日、本年度2回目の総合教育会議が開かれ、「特別な支援を要する子どもへの切れ目ない支援をどう実現するか」と「学校教育におけるICT活用をどう推進していくべきか」をテーマに、市長と教育委員が忌憚のない意見交換を行いました。その中で、学校教育における「デジタルとアナログの使い分け」さらには「それぞれの果たすべき役割」について議論となりました。それについて少し考えを述べさせていただきたいと思います。

 現在、日本の学校教育におけるICT環境の整備状況は、残念ながら先進国の中で最低水準にあると言われており、国もこの現状を踏まえ、環境整備を前倒しで進めようとしています。本市においても、いち早く学校における無線LANの整備や児童生徒用のタブレットの導入など、環境の整備に全力で取り組んでおります。

 しかし、ICTの活用により目指している「誰一人取り残すことのない、個別最適な学び」を実現するためには、環境整備とともに、それを活用するためのスキルを教師自身が身に付けることが欠かせない条件となります。先日訪問した中学校では、初歩的とは言え、ICTを積極的に活用し、工夫しながら授業に取り組む教師たちの姿と、授業に集中する生徒の姿を見ることができました。ICTがもたらす便利さや効率性を真の学力向上につなげるためには、教育委員会も率先して活用に関する研究や研修に取り組み、学校を支えていく必要があると強く感ました。

 その一方で、「教師と子ども」「子ども同士」の直接的な触れ合いやコミュニケーション、バーチャルではない様々な実体験が、子どもの好奇心や豊かな感性を育むことも忘れてはならないと考えています。教師一人一人が「目の前の子どもをしっかり見て理解に努め、直接的なかかわりの中で認め育む」というこれまでのアナログ的教育こそが教育の原点であり、今後もその充実に資する支援を教育委員会は推進していくべきと考えています。
 
   
 

 
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